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経営 Archive
新聞?生ゴミ捨てるのに便利ですけど取ってません
会社で日経MJがたまにまわってくるのだが。
一面から、家具のパーツ製造をコストの低い海外に移した話、ページをめくると100均、価格破壊、PBの話が続き、読む気が無くなった。どれも裏を返せば何らかのリストラじゃねーか。好況時でさえ、産業空洞化とかPBとか価格破壊とか、元々暗部がデカすぎる話ばっかりなんだけど、そんなネタしかないのか?
「不況下なのに売れてる」とかなら読みたいけど、人件費から原材料費まで軒並み下がってるこのご時世に「値段下げました」はマーケティングなのか?デフレなんだから当たり前だろうがボケ、と言いたい。
現実問題として、個々の企業はまあ仕方ない。が、ただでさえデフレスパイラルなのに、よりによって経済紙(誌)の会社が、最悪の状態でさらに地盤に穴あけるような例を紹介してんじゃねぇ、と思う。ハイじゃあ景気回復したら価格戻せるんですか、と。空洞化させた国内産業を再活性化できるんですか、と。そういうのが出来ないのに給料あげられるんですか、と。んなもんばっかり取り上げてるから余計に景気回復どころか悪化が加速してんじゃないの、と思う。
テレビも「100年に1度の不況」とか散々ほざいた挙げ句、後になって「マスコミが煽りすぎで余計に消費が冷え込む」などと恥ずかしいマッチポンプを繰り広げてたワケですが(いつものこと)、いつまで経ってもFUDやってるよね。そらCM出稿も激減するわ。さんざ不安煽られた後に自社商品のCM流されたって、売れるワケ無いじゃん。
そういうの見てると、業界マイナー紙(○○が開発されたとか)の方が面白いし、マクロ経済見てるほうがよっぽどマシですな。後はネットニュース。ってもニュースソースは新聞社とかですが、まず複数紙がソースなので読み比べ出来る、国内メディアだけじゃないからスポンサードの関係で国内紙やテレビじゃまともに取り上げないニュースも見られる。製造業派遣解禁とか、ネットでは法案通過時点で大騒ぎになってたのに、ここまで大規模なリストラがあるまではさっぱりニュースにならんかったワケでね…。
個人的には、そういう総合ニュースサイト(Yahoo!ニュースとかMSNとかなんとか)と業界メディア、あと興味あるジャンルをブックマークなり、RSSリーダなりに登録しとけば、新聞より大量の情報を見出し読みできるのでオススメですよ、と。RSSは使わない人はさっぱりかもしれませんが、携帯用とかのリーダーも出てるので是非一度使ってみてはどうかと。
※RSS提供してないサイトをスクレイピングしてRSS配信してる人もいますね…時々
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投資活動は、ただ労働者でいるのとは視点が変わる
久しぶりに投資という行為をした。
やはり、机上でオンライントレード(デイトレはそもそも嫌いだ※)をしているだけとは感覚が違う。顔や哲学の見える、直の契約。
※ちなみに僕がデイトレードが嫌いな理由は、以前自民の町村がデイトレーダーの馬鹿呼ばわり発言で言ったような、経営権云々という話ではない。そんなもん元々仕組みがそうなっているワケだから当然そういう使われ方をするに決まっているし、もしそれに思い当たらなかったのなら、彼は少しでも小遣いを稼ぎたいという意思が当然のようにある庶民の台所事情を知らないとしか言いようがない。もっと言えば、そういう取引形態を許可してんのは政府与党のあんたらだろーがよ、という話になる。個人的にデイトレが嫌いな理由は、単に市場がつまらない情報やあほらしい風説で簡単に乱高下するからだ。
で。やはり経営計画とか聞いて投資すると、自然と従業員でなく、投資家の立場でモノを考えているワケですよ。それからすれば、何で株主総会であそこまで喧々囂々と荒れるのかもよく分かる。
普段ニュースで金持ちが株主総会で怒号をあげているのを見ると、どうしても「あーそんなに金欲しいのかなー」とか思ってしまいがちだが、コレ結構ヤバイ。勿論実際に投資する際は、もっと大局的に見るワケだけども、しかし「うわ、こんなの雇ってるの分かったら絶対投資しねーよ、俺だったら」とか思ってしまう。そして、総会で怒鳴りたくなる気持ちがもの凄く分かる。まあ、上場企業になってくるとまたスタンスが違ってくるんだろうけども。
余談だけれども、「お客様は神様」なんてのを経営の現場で真に受けて偉そうにしゃべる輩がいるが、そんなことを言ってるのは日本くらいのもんだ。フツーの国ではサービスにランクのようなものがあって、値段以上のサービスを要求するなら他へ行け、といったスタンスが多い。これは別に三波春夫が悪いんじゃない。芸能と経営をごちゃまぜにした人間と、真に受けた人間が悪い。お蔭で、支払われた金銭以上のサービスを提供してでもイイ顔をしよう(そして従業員がそれをおわされる)とか、安い金しか払わずに料金以上のサービスを受けようとする厚顔無恥な人間とか、そういうのが増えてしまった。クレーマーとかね。(最近は欧米でもそういう考えのないやつが増えたみたいだけど。日本はそういう考えが元々ない代わりに、思いやりとか恥の概念とかがなくなってきたんだろうねぇ)
ところが、結構自分の会社へのクレーマーに辟易しているクセに、ヨソでは態度が逆転していたり、自分(の、企業)側が客のときはある程度強気に出る(価格交渉とかではない。単に扱いとして)のを目の当たりにするケースは少なくない。いや、どこにでもあるのだと思うし、人って割と自然にそうなってしまう面は否定できないのだと思う。だから、改めてそれに気づいたときはヤバイ、と思ったワケだ。
じゃあ、投資家に対してはどうなんだろうか?そもそも、日本の株式会社の従業員は、投資家や株主に対して感謝したりとか、頑張りますとか、そういう概念が希薄なのかなーとも思う。別に欧米贔屓ではないけれど、将来の夢が「野球選手」「ケーキやさん」という年齢を過ぎた頃、欧米は圧倒的に「実業家」が増えてくるのに、日本人は何となーく会社に勤めるだろうなというレールを見ちゃったり、一般人は経営者投資家なんて関係ねえよ、というのが現実としてあるのだと思う。
投資家無しでは給料も出ないしそもそも会社は成立しないのに、たとえば株式会社に勤めていても自社株に興味を持たない人間がたくさんいるような、なんというか投資家に対する意識のようなものが不在な状況では、投資家もイマイチ投資したいという気にならないのだろうなぁというのも分かる。
余談が長いな。
あと、最近ひとつ感じはじめたことがなんとなく確信に変わりつつある。
経済に興味のない人間は、例えある程度までの経営者にはなれても、大成はまずできない。そして、そういう浅ましい経営者ばっかり増えてるんだよなぁ。なんなんだろ。経営は手段であって目的じゃないんだよ。
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成功経験に依存しすぎると「新しいモノ」は作れない
最近どういうモノがウケるんだろう?という市場調査的な意味も込めてApp Storeを覗いたら、Zen Bound(※iTunesが開きます)というゲームが人気のようだ。
既存のスキームを超えたものなので、ジャンルとかどういうゲームだ、というのを言葉で表すのは難しいし、自分も実際にやってみるまではレビューを読んでもよくわからなかった。SSもたくさん紹介しておられるので、未購入の方は「AppBank:Zen Bound:待ちわびた、木を縛るiPhone緊縛プレイ。Ghost Monkeyの音楽で時間が消える。136」を参考にされると購入の参考になりやすいかな?とご紹介してみる。
評価も多くて高いので迷わず買ってみたが、やはりこれだけの市場の中で世界中に支持されるモノは、やはり「ゲームってこうでなくては」というようなジャンルとか、そういった前提となるセオリーを壊してるからこそ≒代わりになるものが他にない、創造性の高いジャンルだからこそ成功したのだろうなぁ、とつくづく思わされた。
余談ですが、ウチの会社は朝礼があるのですが、丁度当番だったので、このアプリの例を紹介して「セオリーも大事だが、その枠にとらわれないことも大事だ」というような事を言ったんですけどね。終了直後、「セオリーを踏襲した上で、その上でやらなきゃダメだよね」とマネジメントクラス二人が言ってるのが聞こえた。
下っ端の俺が思うのもなんだけど、そこが“一線”なんじゃないのかよ、と。
セオリー、定石というのは、成功経験の蓄積によって出来たものだ。だから普通はセオリーを踏襲するのが当然だ。しかし、IT業界は変わりのものがいくらでもある。成功するには、他にないオリジナリティがないと難しくなってきている。参入障壁は低いが、その分競合するものも多いからだ。
特に新規コンテンツ企画といったものは、既存のスキームに縛られた時点でアウトだ。そんなものはたぶん競合他社も作ってるだろう。ヒット作のせいで、続編でそこから抜け出せずに失敗する映画やゲームのよくあるパターンと同じだ。また、自分が成功してなくても、他人の成功談を本やなんかで読んで、それを盲信してしまう人も同様。
経済ニュースを斜め読みでもしてれば誰でも分かることだが、「ニーズ」は粗方汲み尽くされて、新しいこと・誰もやったことないことを、顧客ニーズから引っ張る以前にこちらから新しい価値として提案しよう、というタームに入っている。セオリーにとらわれた時点で終わりだ。
本当に創造力の高い人は大抵、まず作りたいもの、やりたいことをとりあえず考えてしまってから、それは可能か・やってもいいことか・穴はないか、などといった、要は現実問題を考える。一般人の我々には難しいことだが、それを知りつつも尚、最初に制限という枠組みを設けた上で、そのサンドボックスに自ら入り込んでしまった時点で、「安全だけど、最初に作った砂場のサイズを越えるもの」は絶対に作れない。より矮小なものしか作れない。実現は難しくとも、学ぶことは出来るハズだ。
セオリー通りの企業がGoogleになりえたか?むしろGoogleがセオリーをつくったではないか。Appleもそうだし、Twitterはじめ、これまでになかったものを作り出した者はみんな「自分がセオリーを作り出してきた」。
上に書いたように、Webコンテンツ業界という競合の激しい業種にいる時点で、もう「ウチはもっと穏便にやります」は通用しない。否応なく世界中との競争に巻き込まれる。だからこそスピード感と創造力の双方が欠かせないのではないのか。
まあ、後輩が間違ってると思うなら、面と向かって「それは違う」と言えない時点でまずマネジメントとして失格だね。マネジメントしてないんだから。
また、チャレンジャブルな企画提案を同氏に持ちかけたら「そんな甘いことは無理」と言っていた割に、更に上の上司を通して話してもらった途端、肯定に変わった。何をマネジメントしてるんですか?
本当に有能だと思う上司は、きちんと「下の子と話してるけど、やっぱり下も細かいところをちゃんと見てるんだなと思う」と言ってますね。下の我々からも学ぶところがある、と言われたほうが、遥かにその人の下で働きたいと思いませんか?
自分が正しいかどうかは分かりませんけどね。しかし、少なくとも自分の考えは「絶対間違う」ことを前提としているので、常に自己批判しながらやっていくしかないな、といったところでしょうか。
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